私のロングライフ モノを慈しむヒント

椀 磯野梨影 プロダクトデザイナー

傷を癒やして塗り直し、生まれ変わり、そして物語は続く。

ダイニングテーブルに置かれた3客の朱塗りの椀。住まいの空気に馴染み、午後の光をはらんで寛ぎの気配を湛えた姿は、家族の肖像画のようにも見える。

「日用品は割り切って使うものも少なくありませんが、日々の暮らしで愛着が持てる品がいくつかあれば、それだけで気持ちが豊かになるように思います」と磯野梨影さんは言う。一流品としての価値以上に、自分や家族が、大切に使い続けたいと思える価値があるものがいい。そんな想いを象徴する磯野家の愛用品、ロングライフがこの椀だ。

「揃いの2客の漆器は、23年前、結婚のお祝いにいただいたものです。食文化や骨董に詳しく、和食器への造詣が深い、会社の先輩たちからの贈り物でした。長年の日常使いの傷みが気になりだした頃に、輪島の桐本木工所の桐本泰一さんと知り合い、桐本さんの器に新調することも考えたのですが、長く愛用して形も気に入っているし、塗り直しできるとうかがいお直しをお願いしました」。

進んでメンテナンスしたいと思える愛着や価値もロングライフを育む。それは住宅も日用品も同じだと磯野さんは考えている。お直しのため器を預けてから約1カ月。桐本さんの計らいで、わずかにすじ目が残る粋な仕上げに生まれ変わり2客の椀は帰ってきた。

「使い手の好みを考えて塗り直してくれるところも嬉しかった。愛用してきた器を、キチンと直して使い続けることに清々しい気持ちになれました。この時に改めて教えていただいたのは、漆器はしまい込まないほうがいいということ。特別なことはしなくても大丈夫。毎日使って洗って拭く。ラッカーとは違い高湿の中で硬化する漆は、普段から水気に触れたほうがツヤは上がるそうです。食器は夫に洗ってもらうこともありますが、この器だけは、その前に自分でコッソリ洗って拭いていますね」。

残りの1客の器、やや小ぶりの端反椀は長女のために磯野さんが輪島で買い求めたもの。自分で食器の扱いができる8歳の時から汁椀として使い始め、今年で8年目になる。

「このサイズの器なら一生使えるかもしれない。そう思って長女のために奮発して買ったものです。最初に良いものを知ると、次に良いものに出合った時にちゃんと気づくはず。だから私は子どもこそ本物を使ってほしいと思っています」。

漆とラッカー仕上げの違いは、口や舌が触れた感覚でわかる。漆のほうが当たりが柔らかく心地よい。漆職人から聞いた知識を、子どもは体験として理解していた。出合った瞬間に親しみが感じられ、思わず微笑み、その笑顔とともに一緒に暮らすことができるもの。磯野さんが語る子どものためのデザインの理想が、3客の漆器の物語にもつながった。

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私のロングライフ モノを慈しむヒント

椀 磯野梨影 プロダクトデザイナー

23年前にソニー時代の先輩から結婚祝いに贈られた揃いの椀。輪島の桐本木工所で塗り直してまっさらに戻り、再び、日常使いとお手入れでツヤが深まっていく経時変化を楽しむ。

8年前に長女のための椀として購入したもの。径4寸の端反椀は輪島の桐本泰一さんが手がけた器。

PROFILE 磯野梨影(いその りえ)

プロダクトデザイナー。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業後、ソニー・デザインセンター、PSD associates Ltd. (英国)を経て、2000年にPear Design Studioを設立。子どもと一緒の暮らしを考える『コド・モノ・コト』のコアメンバーとして、子どもが成長してからも愛着を持って使い続けることができる、子どもの生活用具のデザインを考察。同プロジェクトと北海道・旭川の木工による「コド木工」の木の道具の開発、富山・高岡の金属工芸品「おりん」を手がける山口久乗の製品開発・ブランディングなどに携わる。多摩美術大学生産デザイン学科非常勤講師を務める。

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