私のロングライフ モノを慈しむヒント

革靴 山口千尋 ギルド代表、靴職人

歩き、つまずき、立ち止まり、やがて靴はあなた自身になる

「長く使うと、物に自分の身体が移るような経験をしたことはありませんか。使うことで物が育つような感覚です。革は特にそれを強く反映する素材。意識しなくても、革は自然とその人に合わせようとしますから。時間を経た革は艶や光沢が生まれるだけでなく、革の質自体がその人に馴染んでいく。私たちは往々にして、お金を払えば自分のものになると思いがちですが、本当はどんなものでも、長く使うことで時間をかけて自分のものになっていくのだと思う。豊かさとは、たくさんのものを所有することではなく、お金に換えられないものをどれだけ持っているかではないでしょうか」。

英国マスタークラフツメンの称号を持つ、靴職人・山口千尋さんの靴づくりは、今も機械化以前の製法に則り行われる。靴は工程が複雑で手間も多く、経験が求められ、誰もが簡単につくれる製品ではない。だから靴を誂えていた時代は、人々は大切に履くのはもちろん、職人も一足の靴に、長く履いてもらう知恵や工夫を凝らしていた。

「ぼくが持っているいちばん古い靴は、一四〇年前のものです。名店の靴であれば修理の履歴が残り、時代を遡ることができます。当時は長く使うための仕組みができていた。ぼくたちもそれに倣い、新しい靴をつくる中で、いつか修理する日のための工夫を施し、履歴もしっかり残しています」。

山口さんが自身のロングライフに選んだものは、自身が自分のために手掛けた靴だ。

「靴は流通の都合、左右セットで売られています。でも人の足の形や大きさは左右で違う。多くの方は、既製品は大きなほうの足のサイズに合わせる。すると小さなほうの足は一生最適なサイズを経験できないことになります。革の経年変化を読み、自分の足から設計した靴の快適さは、体験しなければわからない。朝、履いた瞬間から気持ち良い。だから長く大切に使いたいと思う。自分にフィットした靴は脱いだ時より履いている時のほうが心地良いんですよ」。

使い手は心地良いから長く使い、つくり手は長く使ってもらうための知恵と工夫を凝らす。そこに生まれるロングライフが、私たちの人生を豊かにしてくれる。

「人は生まれてから、寝ているか、座っているか、立っているか、この三つの姿勢を繰り返し、人生を過ごす。だから人生を豊かにするためには、ベッドと椅子と靴は、自分にとって最良のモノを探しなさい。ヨーロッパで聞いた格言です」。

インデックスに戻る

※この記事の内容はヘーベリアン誌2011年春号に掲載された当時のものです

私のロングライフ モノを慈しむヒント

革靴 山口千尋 ギルド代表、靴職人

靴をつくるための道具は多岐にわたる。新品を買うと、必ず自分の手に合わせて細部を調整し、日々使い終えた道具は手入れを疎かにしない。ヨーロッパの靴工房で長年使われた道具を引き取る場合もある。

PROFILE 山口千尋(やまぐち ちひろ)

ギルド代表、靴職人。1960年大阪生まれ。87年渡英。91年に日本人として初めて、ギルド・オブ・マスタークラフツメンの資格を授与される。帰国後、浅草と銀座にショップ「ギルド」、浅草に修理工房「ギルドアームズ」を構えるほか、靴専門学校サルワカフットウエアカレッジを設立し手製靴の人材の育成にも取り組む。2011年2月にはパリで「牙」展を開催した。

http://www.footwear.co.jp/

HEBELIAN NET 連動コンテンツ

インデックスに戻る

※この記事の内容はヘーベリアン誌2011年春号に掲載された当時のものです


ページTOPへ

© ASAHI KASEI HOMES CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED